生徒総聯首府【黒耀府】
少なくとも33年後
「……」
「………」
『首府』の広大な敷地を、御華(ギョカ)の先導に従って建物と大樹の間を縫っていく。
「……緑が多いね」
「生徒総聯首府は極緑化されているんだ」
沈黙に耐え切れず発したボクの言葉に、先導する御華が、振り返りもせずに答えた。
「いわば人類の生態を組み込んだジャングルだ。いずれ東洋中の街がこんなふうになるだろう」
「東洋だけ?」
「極緑化は街の景観を破壊するし、遺伝子操作に対する悪感情も根強い西洋人は嫌がるだろう…… ここだ」
異常発達した広葉樹の林を抜けて、開けた所へ出る。大樹の影からぬっと現れた巨大な鳥居の前で足を止め、御華が振り返り奇妙に沈鬱な視線をボクへ向ける。
「総聯の『子宮』へようこそ」
誘う御華と手を取り合い鳥居をくぐり、ボクは神聖な子宮に足を踏み入れる。
ボクらは山の側面に開いた、膣を思われる細長いトンネルの中へ足を踏み入れる。
入り口は、仮面を顔を覆った儀仗兵が二人、護っていた。彼らは長さが大人の身長ほどもある刀を何本も帯びて、入り口の両脇に控えていた。儀式的武装らしく、まるで装飾の一部のようだった。
生徒会長猊下万歳…… すれ違い際、彼らが幽かに聞こえる程度の声でそうつぶやくのが聴こえた気がした。
話に聞く総聯の少年兵だろうか、とボクはぼんやり思った。
ボクの手を引きながら、御華は語り続ける。
「古代より、大地や海洋は母胎のシンボルとされてきた…… 新しく生まれてくる命は、地から、海から、這い出るものだと母様は言っていたよ。私の子宮は地下や海中に設けられるべきだ、とね」
青いプレートに覆われた人造子宮の胞槽が無限に連なっていく。そのひとつひとつが、壁に、地面に発生した瘤のように見えた。
「見てみる?」
「え?」
「そのために来たんだろう?」
御華はタンクの一つにそっと触れ、つぶやく
「みんな・・・『透けてみせて』」
呪文のような御華の言葉と呼応して、人造子宮が光の透過を許す。ボクは息を呑んだ。
「・・・」
「・・・痛いよ」
「ごっ、ごめ」
ボクは無意識に、御華の手を強く握りしめていたらしかった。慌てて手を離した。笑みを繕おうとしたが、うまく行かなかった。
タンクのひとつひとつに、一人から三人の胎児がぷかぷか浮かんで微睡んでいる。
「僕たちは、みんなここから生まれてきたんだ」
天井の高い通路の、壁一面に整列する人造子宮のセル。
数十人の赤子を背に、御華はボクを見据える。
可愛いね。
やっとの思いでそう述べたが、ボクの声は掠れていた。彼は笑ったが、場都が悪そうな笑みだった。
「生徒総聯首府の子宮は決して世界最大のものという訳じゃないけれど。毎月2400人の新生児がここで生まれる。主に東洋と欧米の先進諸国からの受注だ。その96%ほどが、世界中に送り出される」
「残りは。。。」
「残りの4%は、廃棄児童と呼ばれる解約組で…かれらはここに居残り、総聯の新世代として育ち、教育を受ける」
御華は愛おしそうに、タンクの一つを撫ぜた。
「君たちの『母さん』は…… 何が目的なの? ……『牧大岡リツ』は、さみしかったのかな」
御華は空虚に微笑んだ。
「そんな可愛いものじゃないと思うよ」
「ここには、なにか目的があるの?」
「目的か。君は、母が『破滅派』だったことは知ってるよね?」
ボクは頷く。彼は淡々と続けた。
「母は……多分だけど、狂ってるんだと思うよ。僕にも彼女の血が流れているから…… ああ、黒耀府だけでも、毎月の新生児のうち少なくとも50人には母の血が入っているんだよ…… だからわかる気がするんだ。世界をデザインしたいという、その衝動を」
御華は言葉を切り、しばらく押し黙った。
「今日、君にここを見せたのは君に理解して欲しかったからだったけど」
御華は俯く。
「でも、失敗だったかも知れない。怖がらせてしまっただけだったかもしれない」
「そんなこと無い」
ボクは御華の手を握る。
「どうかそんな哀しいことを言わないで。きっと理解するから。約束するから」
その時だった。
『会長』
誰かが御華に呼びかける。
彼はボクを抱きすくめて、声に答えて視線を中空に向ける。
「ああ」
『没日郷(ヨーロッパ)の校都が親権派の襲撃に遭ったようです』
「今行く」
「御華!」
「是娜(ゼナ)! どうかわかってほしい。僕らを、この国を、見捨てないで。母様を、憎まないでやって」
彼は、ボクに笑いかけ、そしてボクの手を振り払った。
彼とボクをつなぐ回線は切断され、ボクは首府から弾き出された。
ボクは、自室に一人取り残された。